「売り手よし、買い手よし、世間よし」。近江商人の哲学として知られる「三方よし」は、日本企業の経営において古くから愛され、今でも多くの企業が経営理念やビジョンに掲げている素晴らしい精神です。

しかし、この伝統的で美しい言葉を、ただそのままWebサイトや社訓に書き写しただけで、現場の社員が熱狂し、競合他社との差別化に繋がっている企業はどれほどあるでしょうか。

今回は、AAIIのクリエイティブディレクター・フジヰにインタビューを実施。素晴らしい哲学であるはずの「三方よし」が、現代の理念としては機能しなくなっている理由と、伝統的な精神を「現代の組織を動かす武器」へと翻訳するクリエイティブの技術について話を聞きました。

「三方よし」は戦略ではなく、ビジネスの「大前提」である

AAII編集部: 「三方よし」を経営理念に掲げる企業は多いですが、なぜそれが現場で機能しにくいのでしょうか。

フジヰ: 結論から言うと、現代のビジネスにおいて「三方よし」は、わざわざ理念として掲げるような戦略ではなく、息をするのと同じレベルの「大前提」になってしまっているからです。

売り手が利益を出し、買い手が満足し、社会にとってもプラスになる。これは前々回の記事で触れた「SDGs」と全く同じ構造です。誰もが「その通りだ」と頷く100%正しい道徳ですが、すべての企業が目指すべき当たり前の状態であるがゆえに、「自分たちだけの存在意義(アイデンティティ)」を証明する力を持っていません。

AAII編集部: 正しいけれど、自社ならではの言葉ではないということですね。

フジヰ: はい。ミッションや理念とは「私たちは、この社会のどの課題に対して、どんな独自の武器で立ち向かうのか」という『戦略的なスタンス』です。

「三方よしを目指します」という言葉は、「ルールを守ってスポーツをします」と言っているようなもので、どうやって試合に勝つのか、どんなプレーで観客を魅了するのかという「戦い方」が全く見えません。だから、現場の行動基準にならず、ただの壁の飾りになってしまうのです。

世の中の実例:伊藤忠商事は「三方よし」をどう翻訳したか

AAII編集部: では、「三方よし」の精神を現代の理念として機能させるにはどうすればよいのでしょうか。

フジヰ: 古き良き精神を捨てるのではなく、現代のビジネス環境や自社の戦い方に合わせて「翻訳(アップデート)」することです。

その究極の成功事例が、まさに近江商人をルーツに持つ伊藤忠商事です。彼らの根底には当然「三方よし」のDNAが流れていますが、彼らは2020年に、企業理念を支えるコーポレートメッセージを「ひとりの商人、無数の使命」という言葉へとアップデートしました。

AAII編集部: 「三方よし」という言葉をそのまま使ってはいないのですね。

フジヰ: そうです。彼らは、巨大化した総合商社という組織の中で、「三方よし」という概念が抽象化し、現場の当事者意識が薄れていることに危機感を抱きました。

そこで、主語を会社全体や世間という大きなものから「ひとりの商人(社員個人)」へと極限まで引き下げました。社員一人ひとりが、目の前の無数の使命(課題)に対して、泥臭く商売に向き合う。その積み重ねの結果として、未来の「三方よし」が実現されるという構造に翻訳したのです。伝統的な道徳を、現代の社員が日々戦うための「アクションを促す言葉」へと見事に再定義した事例です。

実例:「リボンモデル」の構造を、感情を揺さぶる景色へ変換する

AAII編集部: フジヰさんご自身が、ビジネスの「三方よし(Win-Win-Win)」の構造を、独自の言葉へと翻訳した実例はありますか。

フジヰ: 私が以前所属していた、大手事業会社における「事業構造の言語化」がまさにその好例です。

その企業のビジネスモデルは、カスタマー(個人ユーザー)とクライアント(企業)の間に入り、両者を最適な形でマッチングさせるというものです。これは見方を変えれば、ユーザーが喜び、企業が儲かり、プラットフォームである自社も成長するという、極めて精緻に設計された「現代版の三方よし」の構造(リボンモデル)です。

AAII編集部: まさに三方よしのビジネスモデルですね。

フジヰ: はい。しかし、彼らは自社のミッションやコーポレートメッセージで「私たちは三方よしのマッチングビジネスをします」とは絶対に言いません。そんな説明的な言葉では、現場の営業マンも、サービスを使うユーザーも全くワクワクしないからです。

そこで彼らは、その「三方よし」の精緻なビジネス構造を、「まだ、ここにない、出会い。」という、人の感情を強烈に揺さぶる『未来の景色』へと翻訳しました。

AAII編集部: ビジネスの構造が、エモーショナルな言葉に変わりましたね。

フジヰ: その通りです。現場の社員は「三方よしを成立させるため」に働くのではなく、「世の中にまだない、劇的な出会い(マッチング)を創り出すため」に泥臭く走り回ります。

古くて正しいビジネスの真理(三方よし)を、自社の事業特性に合わせて、現場が熱狂できるクリエイティブな言葉へと変換する。これこそが、組織を圧倒的なスピードで成長させる言語化の力なのです。

AAII流:古い社訓を「現代の武器」にアップデートする3つの視点

AAII編集部: 昔からある「三方よし」や社是を、現代の言葉にアップデートする際のポイントを教えてください。

フジヰ: 以下の3つの視点で、古い言葉を解体し、再構築します。

  1. 「世間」の解像度を上げる 三方よしの「世間よし」という言葉は、現代では広すぎます。「私たちの事業が良くすべき具体的な世間(ターゲットやコミュニティ)」はどこなのか、解像度を極限まで高めます。
  2. 「よし(良い状態)」を定義し直す ただ「良い」という抽象的な状態ではなく、「古い常識が壊れている状態」なのか、「新しい選択肢が生まれている状態」なのか、自社にとっての「よし」を具体的に定義します。
  3. 「アクション(動詞)」に変換する 道徳的な状態を表す言葉を捨て、現場の社員が今日からすぐに実行できる「強い動詞」へとコピーを研ぎ澄まします。

AAII 企業理念・VMV開発支援:歴史とDNAを、未来を創るエンジンへ

「三方よし」をはじめとする日本の伝統的な経営哲学は、決して古臭いものではありません。しかし、それを「そのままの言葉」で掲げ続けることは、時代に対する経営の怠慢です。

AAIIでは、企業が長年大切にしてきた歴史やDNAを深くリスペクトした上で、それを現代の市場で競合に打ち勝ち、多様な社員を束ねるための「最も鋭利な武器」へと翻訳します。

額縁の中で眠っている美しい道徳を、現場の最前線で事業を牽引する強靭な理念へと、共にアップデートしましょう。

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